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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)15161号 判決

原告 鈴木聖子

〈ほか一一名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 山下豊二

同 根岸隆

右根岸隆訴訟復代理人弁護士 久利雅宣

右原告ら訴訟代理人弁護士 岩崎良平

同 村上誠

被告 藤村汽船株式会社

右代表者代表取締役 黒川正和

被告 日本船主責任相互保険組合

右代表者代表理事 來住史郎

右被告両名訴訟代理人弁護士 佐藤恭也

主文

一  被告藤村汽船株式会社は、別紙請求債権目録第一欄記載の各原告らに対し、同目録第二欄記載の各金員並びに同目録第三欄記載の各内金に対する昭和五九年七月一一日から、同目録第四欄記載の各内金に対する平成二年一〇月二四日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日本船主責任相互保険組合は、別紙請求債権目録第一欄記載の各原告らに対し、本判決第一項が確定したときは、その確定日において前項の計算により算定した各金額(ただし、金六億円を限度とする。右により算出した各原告らに支払うべき金額の合計が金六億円を超えたときは、金六億円の限度でこれを按分した額)及びこれに対する右確定日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え、

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、海難事故の損害賠償請求事件である。

一  事故の発生

別紙船舶目録一記載の船舶第十八英丸(以下「英丸」という。)は、昭和五九年七月一一日未明に岩手県久慈市沖合を航行中他船と衝突して転覆し、乗組員四人(船長鈴木英明、機関長佐々木啓一、甲板員小野達男及び同山崎登)全員が死亡した(以下「本件事故」という。)

二  当事者

原告らは、英丸の乗組員らの妻子で、その法定相続人であり、被告藤村汽船株式会社(以下「被告会社」という。)は、別紙船舶目録二記載の船舶真正丸(以下「真正丸」という。)の所有者である。

被告日本船主責任相互保険組合(以下「被告組合」という。)は、被告会社との間で同社を被保険者とし、金六億円を限度とする船舶責任賠償保険を締結しており、本件事故後の昭和六〇年一一月一三日に原告らに対し、被告会社の原告らに対する本件事故の損害賠償義務が勝訴判決等により確定した場合は、金六億円を限度とする金員を支払う旨保証した。

三  損害

1  本件事故で死亡した英丸乗組員鈴木英明、佐々木啓一、山崎登及び小野達男らの損害は次のとおりである。

(一) 鈴木英明の損害(本件事故当時四八歳)

(1) 逸失利益(六七歳までの稼働年数一九年) 金八〇六三万三九八八円

①前年度の水揚 金三二九九万六九九六円

②同経費 金二三四六万五四六五円

ただし、別船の経費概算六二万〇六二七円を含む。

③損益相殺(生活費控除) 三〇%

(被扶養者五人)

④一九年のライプニッツ係数 一二・〇八五三

計算式 ①-②=953万1531

953万1531×(1-③)×④≒8063万3988

(2) その他の損害 金四五九七万四九〇〇円

Ⅰ 英丸船体の損害 金三八八八万三〇〇〇円(千円未満切捨)

①英丸原価 金四一三六万五〇〇〇円

②減価償却率(一年一〇月分) 六%

計算式 ①×(1-②)=3888万3100

Ⅱ 英丸漁具・備品の損害 金一〇四万八〇〇〇円(千円未満切捨)

①原価 金一二八万四〇四〇円

②減価償却率 (一年一〇月分)一八・三三%

ただし、年一〇%、耐用年数一〇年、残存率零の定額法で原価償却計算をした場合である。

計算式 ①×(1-②)≒104万8675

Ⅲ 私物損害 金一九万六九〇〇円

Ⅳ 積荷損害 金三八万九〇〇〇円

Ⅴ 英丸撤去費用等 金二九五万二〇〇〇円(千円未満切捨)

Ⅵ 捜索救助費用等 金二五〇万六〇〇〇円(千円未満切捨)

(3) 以上合計 金一億二六六〇万八八八八円

(二) 佐々木啓一の損害(本件事故当時三六歳)

(1) 逸失利益(六七歳までの稼働年数三一年) 金七三八四万四九七六円

①前年度の年収 金六七六万五四八三円

(内訳)

英丸の給与 金六三〇万円

鯨山丸所得 金四六万五四八三円

ただし、同船の水揚高から経費概算四六万五四八四円(水揚高の二分の一)を控除したものである。

②損益相殺(生活費控除) 三〇%

(被扶養者五人)

③三一年のライプニッツ係数 一五・五九二八

計算式 ①×(1-②)×③≒7384万4976

(2) その他の損害

私物損害 金一八万三六〇〇円

(3) 以上合計 金七四〇二万八五七六円

(三) 山崎登の損害(本件事故当時四九歳)

(1) 逸失利益(六七歳までの稼働年数一八年) 金四三五五万四八〇五円

①前年度の年収 金五三二万二八二四円

(内訳)

英丸の給与 金四七〇万円

陽登丸所得 金六二万二八二四円

ただし、同船の水揚高から経費概算六二万二八二五円(水揚高の二分の一)を控除したものである。

②損益相殺(生活費控除) 三〇%

(被扶養者五人)

③一八年のライプニッツ係数 一一・六八九五

計算式 ①×(1-②)×③≒4355万4805

(2) その他の損害

私物損害 金九万二六〇〇円

(3) 以上合計 金四三六四万七四〇五円

(四) 小野達男の損害(本件事故当時四七歳)

(1) 逸失利益(六七歳までの稼働年数二〇年) 金五一二三万〇六二六円

①前年度の年収 金六三二万四四三三円

(内訳)

英丸の給与 金三五〇万円

藤栄商店の給与 金二八二万四四三三円

②損益相殺(生活費控除) 三五%

(被扶養者四人)

③二〇年のライプニッツ係数 一二・四六二二

計算式 ①×(1-②)×③≒5123万0626

(2) その他の損害

私物損害 金一二万八一〇〇円

(3) 以上合計 金五一三五万八七二六円

2  本件事故に関する右1記載の各損害について、原告らの賠償請求権相続額及び原告ら固有の慰謝料は次のとおりである。

(一) 鈴木英明関係

(1) 原告鈴木リヤ子

(妻。相続分二分の一)

相続額 金六三三〇万四四四四円

慰謝料 金九〇〇万円

以上合計金七二三〇万四四四四円

(2) 原告鈴木聖子

(子。相続分六分の一)

相続額 金二一一〇万一四八一円

慰謝料 金三〇〇万円

以上合計金二四一〇万一四八一円

(3) 原告鈴木敦

(子。相続分六分の一)

相続額 金二一一〇万一四八一円

慰謝料 金三〇〇万円

以上合計金二四一〇万一四八一円

(4) 原告鈴木嘉

(子。相続分六分の一)

相続額 金二一一〇万一四八一円

慰謝料 金三〇〇万円

以上合計金二四一〇万一四八一円

(二) 佐々木啓一関係

(1) 原告佐々木節子

(妻。相続分二分の一)

相続額 金三七〇四万一二八八円

慰謝料 金九〇〇万円

以上合計金四六〇四万一二八八円

(2) 原告佐々木祐一

(子。相続分四分の一)

相続額 金一八五〇万七一四四円

慰謝料 金四五〇万円

以上合計金二三〇〇万七一四四円

(3) 原告佐々木亜希子

(子。相続分四分の一)

相続額 金一八五〇万七一四四円

慰謝料 金四五〇万円

以上合計金二三〇〇万七一四四円

(三) 山崎登関係

(1) 原告山崎敏子

(妻。相続分二分の一)

相続額 金二一八二万三七〇二円

慰謝料 金九〇〇万円

以上合計金三〇八二万三七〇二円

(2) 原告山崎茂勝

(子。相続分八分の一)

相続額 金五四五万五九二五円

慰謝料 金二二五万円

以上合計金七七〇万五九二五円

(3) 原告山崎茂人

(子。相続分八分の一)

相続額 金五四五万五九二五円

慰謝料 金二二五万円

以上合計金七七〇万五九二五円

(4) 原告山崎茂三

(子。相続分八分の一)

相続額 金五四五万五九二五円

慰謝料 金二二五万円

以上合計金 七七〇万五九二五円

(5) 原告山崎さおり

(子。相続分八分の一)

相続額 金五四五万五九二五円

慰謝料 金二二五万円

以上合計金七七〇万五九二五円

(四) 小野達男関係

(1) 原告小野美奈子

(妻。相続分二分の一)

相続額 金二五六七万九三六三円

慰謝料 金九〇〇万円

以上合計金三四六七万九三六三円

(2) 原告小野徹

(子。相続分六分の一)

相続額 金八五五万九七八七円

慰謝料 金三〇〇万円

以上合計金一一五五万九七八七円

(3) 原告小野勝

(子。相続分六分の一)

相続額 金八五五万九七八七円

慰謝料 金三〇〇万円

以上合計金一一五五万九七八七円

(4) 原告小野由己子

(子。相続分六分の一)

相続額 金八五五万九七八七円

慰謝料 金三〇〇万円

以上合計金一一五五万九七八七円

3  本件事故と相当因果関係のある、本件訴訟の弁護士費用は右損害額(相続額と慰謝料の合計額)の一〇パーセントが相当であるから、原告らの総損害は次のとおりとなる(一円未満切捨)。

(一) 鈴木英明関係

(1) 原告鈴木リヤ子 金七九五三万四八八八円

(2) 原告鈴木聖子 金二六五一万一六二九円

(3) 原告鈴木敦 金二六五一万一六二九円

(4) 原告鈴木嘉 金二六五一万一六二九円

(二) 佐々木啓一関係

(1) 原告佐々木節子 金五〇六四万五四一六円

(2) 原告佐々木祐一 金二五三〇万七八五八円

(3) 原告佐々木亜希子 金二五三〇万七八五八円

(三) 山崎登関係

(1) 原告山崎敏子 金三三九〇万六〇七二円

(2) 原告山崎茂勝 金八四七万六五一七円

(3) 原告山崎茂人 金八四七万六五一七円

(4) 原告山崎茂三 金八四七万六五一七円

(5) 原告山崎さおり 金八四七万六五一七円

(四) 小野達男関係

(1) 原告小野美奈子 金三八一四万七二九九円

(2) 原告小野徹 金一二七一万五七六五円

(3) 原告小野勝 金一二七一万五七六五円

(4) 原告小野由己子 金一二七一万五七六五円

四  真正丸

真正丸は、昭和五九年七月一〇日午後五時ころ、東京に向けて函館港を出港し、翌一一日午前零時青森県鮫角灯台沖合を通過した。同日午前零時からの当直は二等航海士の甲野太郎(以下「甲野航海士」という。)であったところ、当時視界は不良であったが、同航海士は真針路を一六四度とし、自動操舵装置によって真正丸を操舵し、霧中信号の吹鳴も行わず、全速で航行を続けた。

(以上のうち、一、二、四の各事実は当事者間に争いがない。)

五  争点

本件の争点は、真正丸が英丸と衝突したか否か及び甲野航海士の過失の有無である。

第三争点に関する判断

一  真正丸が英丸と衝突したか否かについて

1  以下の各該当個所に摘示する各証拠と前記当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨を総合すると、次のとおり各事実を認めることができる。

(一) 本件事故の発生時刻(英丸の沈没時刻)について

僚船との交信経緯、水没した英丸船内の時計が二時二八分を指していたこと、同時計は電池式で水没後約三分間でショート状態となり停止するとの鑑定結果、同時計は本件事故直前の昭和五九年七月八日午前九時ころには正確な時刻を指していたこと及び同時計は精度の高いいわゆるクオーツ時計であること等から、昭和五九年七月一一日午前二時二五分ころが本件事故の発生時刻と認められる。

(二) 本件事故発生時の英丸の位置について

(1) 英丸は昭和五九年七月一〇日、青森県北津軽郡の小泊港を出港し、僚船とともに津軽海峡を通過して太平洋側の三陸沖に向かった。そして、本件事故直前まで英丸は僚船と無線で交信していた。最後の交信時の英丸の位置は、弁天埼二マイル(海里。以下同じ。)沖合で、航行速度は約九ノット、航行方向は真針路一四六度であった。

(2) 右の事実と、巡視船「しもきた」が午前六時四〇分に英丸を発見した地点は岩から真方位一七度、距離一・五マイルの地点であること、並びに、《証拠省略》(矢嶋三策の鑑定書、以下「矢嶋鑑定」という。)及び《証拠省略》(愛沢新五の鑑定書、以下「愛沢鑑定」という。)によれば、本件事故発生時(昭和五九年七月一一日午前二時二五分ころ)における英丸の位置は、およそ岩から真方位四〇度、距離二・一五マイル付近と認められる。

(三) 本件事故発生時の真正丸の位置について

(1) 真正丸は本件事故前日の昭和五九年七月一〇日午後五時ころ函館港を出港し、東京に向けて航行した(当事者間に争いがない)。その間、同船の操舵は、午前零時から同四時までと正午から午後四時までを甲野航海士、午前四時から同八時まで及び午後四時から同八時までを中野寛一等航海士(以下「中野航海士」という。)、午前八時から正午まで及び午後八時から午前零時までを後藤克昭船長(以下「後藤船長」という。)がそれぞれ当直として操舵を担当していた。

(2) 真正丸は一二・五ないし一三ノットで航行し、同月一〇日午後八時一〇分には青森県尻屋埼灯台を真方位二一六度、距離二・七マイルに見た地点において、中野航海士が針路一六五度に変針して自動操舵にした(《証拠省略》の航海日誌。以下「航海日誌」という。)。

同月一一日午前零時には青森県鮫角灯台から真方位四五度、距離一一・三マイルの地点において変針し(《証拠省略》(福井淡の鑑定書、以下「福井鑑定」という。))、真針路を一六五度として自動操舵装置により航走を続けていたが、向岸流により実際にはそれよりやや陸地寄りを航行した。

同日午前五時二五分にヶ埼突端を真方位二五五度、距離四・八マイルの地点において、一九七度に変針した(航海日誌)。

(3) 右(1)及び(2)の各事実によって認められる真正丸の速度と航路によれば、本件事故発生時において真正丸が、前記のとおり英丸の本件事故発生時ころの位置と認められる、岩から真方位四〇度、距離二・一五マイル付近を通過したと認めることは十分可能である。

(四) 本件事故の捜査経過

昭和五九年七月一一日午前四時五五分ころ、岩手県久慈市沖付近を航行中の沼隈海運所属の貨物船東照丸は転覆漂流中の英丸を発見し、その旨を八戸海上保安部に通報した。右通報を受けた同部所属の巡視艇「しもたき」は直ちに漂流現場に赴き、同日午前六時四〇分に英丸を発見し、これを久慈港に曳航のうえ、クレーンにより陸揚げし、船内から鈴木船長以下四人の乗組員の遺体を収容した。

同日午前九時ころ、八戸海上保安部は電報により北は北海道、南は横浜付近までの各海上保安部に対し、同年七月一一日午前四時前後に久慈沖を航行していた船に関して船舶手配をし、同月一五日までの間二〇トン以上のすべての船を対象に加害船の調査を行った結果、各海上保安部から約一五〇ないし一六〇隻(八戸海上保安部の分が約六〇ないし七〇隻、他が約九〇隻)の船舶について報告があった。

そして、東京海上保安部から、同月一一日に現場付近を航行しており、船首に衝突痕らしきものが存する真正丸という名の船舶を品川埠頭G岸壁で発見したとの報告があり、船舶手配に対する各海上保安部からの報告の中には、真正丸以外に加害船と目される船舶の報告はなかった。

(五) 真正丸及び英丸の損傷状況・付着塗料について

(1) 真正丸の損傷状況及び付着塗料の状況

昭和五九年七月一二日に東京海上保安部の海上保安官が、同月一八日に門司海上保安部の海上保安官が、それぞれ真正丸の船首及び船体外部に存在する損傷個所等の実況見分をした結果、真正丸の主として船首部分及び左舷部分に青色及び白色ペイントの付着した発錆していない、衝突痕と認められる真新しい顕著な凹損及び擦過傷が多数認められ、そのうちの主要な損傷又は塗料付着個所は次のとおりであるが、真正丸には船首部分を除いては他に船体外部の損傷は認められなかった。

① 吃水線上(船底から約二・二メートル)の損傷又は塗料の付着状況

ア 船首部から二九センチメートル右舷側、船底から上方二・三〇メートルの部分に、直径約一三センチメートルの青色塗料が疎らに付着した個所がある。

イ 船首部の船底から上方二・六メートルの部分に、長さ二〇センチメートル幅八・五センチメートルの白色ペイントの付着した圧着痕がある。

ウ 船首部の船底から上方二・六メートルの部分に、長さ四〇センチメートル幅一二センチメートルの蝋状擦過痕がある。

エ 船首部から二一センチメートル左舷側、船底から上方二・四〇メートルの部分を上端として、幅一五センチメートルの青色ペイントの付着した擦過痕があり、右擦過痕は水面下に向かった垂直に断続している。

オ 船首部から左舷方向約四五センチメートル、船底から約二・四五メートルの部分に、長径一九センチメートル、短径九センチメートルの青色ペイントの付着した擦過痕がある。

カ 船首部から左舷方向約六五センチメートル、船底から約二・二〇メートルの部分に、長径一九センチメートル、短径一八センチメートルの青色ペイントの付着した擦過痕がある。

キ 船首部から左舷方向約一〇センチメートル、船底から約二・四七メートルの部分に、最大幅一〇センチメートル、長さ九二センチメートルの青色ペイントの疎らに圧着した擦過痕がある。

ク 船首部から左舷方向約八五センチメートル、船底から約一・九〇メートルの部分に、深さ最大二センチメートルの凹損があり、青色ペイントが付着している。

ケ 船首部から左舷方向約一〇〇センチメートル、船底から約二・五メートルの部分に、長さ約一六五センチメートルの三本の白色の擦過痕が認められる。

② 吃水線下の損傷又は塗料の付着状況

ア 船首部の船底から上方六〇センチメートルの部分に白、青、赤色ペイントの付着した長さ二二センチメートル、幅一〇センチメートル、深さ最大二センチメートルの凹損がある。

イ 船首部の船底から上方一・八メートルの部分に白色ペイントの付着した長さ二〇センチメートル、幅一五センチメートルの擦過痕がある。

ウ 船首から後方一・二メートル、船底から上方一メートルの部分に青色ペイントの付着した直径二〇センチメートル、深さ最大二センチメートルの凹損がある。

エ 船首から後方一・二メートルの船首キール底部に白色ペイントの付着した長さ二五センチメートル、最大幅一〇センチメートルの擦過痕が見られる。

オ 船首から後方八〇センチメートル、船底左舷側に青色及び白色ペイントの付着した長さ四〇センチメートル、幅一〇センチメートルの擦過痕、船首から後方二メートル、船底右舷に白色ペイントの付着した長さ一・一メートル、幅一〇センチメートルの擦過痕、船首から後方三・五メートル、船底右舷に白色ペイントの付着した長さ三〇センチメートル、幅一五センチメートルの擦過痕がある。

(2) 英丸の損傷状況及び付着塗料の状況

① 右舷船尾から六メートルの個所を中心にして右舷外板に、機関室後部右舷燃料タンクの一部から船底にかけて上部幅一・二メートル、下部幅一・一メートル、高さ一メートルの逆台形の破口が生じており、破口部には錆色のペイントが付着している。

② 右破口部内部は右舷外板から内部に向けて奥行一・二五メートルにわたり船底部分が破損しており、船首から約八〇度の角度で切れ込んだ形でタンク内壁を貫き主機関据付台まで達しており、同据付台付近には錆色のペイントが付着している。

③ 破口部上部に接する上甲板線にある強化プラスチック製防舷帯(幅一〇センチメートル、厚さ四五ミリメートル)が、長さ約一・五メートルにわたりめくれ上がり、船尾から五メートルの個所が切断されており、切断部分には緑色のペイントが付着している。

④ 船底には高さ二五センチメートル、幅三〇センチメートルのキールがあり、キール後端から一メートル付近に幅三センチメートル、深さ五ミリメートル、長さ一五センチメートルの一条の傷痕が船尾方向に約五〇度の角度で右舷から船尾方向に斜めに走り、キール材の下面部分の右舷側は約六〇センチメートルにわたり強化プラスチックが剥離し、左舷側の部分にも長さ約二〇センチメートルの擦過痕が、またキール後端部右舷側下面にも長さ約一〇センチメートルの擦過痕があり、キール下面の擦過痕の部分には錆色のペイントが付着している。

⑤ 右舷船尾後端の外板と船底外板の接合部分に長さ一七センチメートル、幅五センチメートルの擦過痕が、また同所から船首方向一・二メートルのところに長さ四〇センチメートル、幅四センチメートルの擦過痕がある。

(3) そして、海上保安官が真正丸から採取した塗料(自船の緑色及び錆色塗料と付着した青色塗料)及び英丸から採取した塗料(自船の青色塗料と付着した緑色及び錆色塗料)を比較対照すると、真正丸に付着した塗料は英丸のものと、また英丸に付着した塗料は真正丸のものと、それぞれ色彩、含有金属が類似しており、ほぼ同一のものであることが認められ、特に付着している塗料のうち、真正丸の船首船底部に付着していた青色塗料片は、その青色塗料が英丸の青色塗料と類似しているだけではなく、その上面から青色塗料、錆、白色塗料、FRP(強化プラスチック)に至る四層の構成組織が英丸の青色塗料の構成組織と完全に一致しており、両者がきわめて類似していることが認められる。

(4) 以上のとおり、真正丸には、その船首部分に衝突痕と認められる多数の複雑な凹損、擦過痕が存在し、特に、船底部分にまで擦過痕が存在しており、真正丸と英丸に付着している塗料が、互いに相手方の塗料と一致している。

(六) 本件事故当時の真正丸の航行場所と航行方法について

前記のとおり、真正丸は本件事故当時、岩手県久慈市沖の事故発生地点付近を航行しており、事故当時の同所付近の天候が濃霧のために視界不良であったにもかかわらず、真正丸の操舵をしていた甲野航海士は自動操舵のまま、霧中信号も行わずに航行していたので、海難事故を引き起こす危険性は高かったと認められる。

(七) 海図の航跡抹消について

真正丸の海図に記載された函館港から品川港までの航跡は、本件事故の発生した昭和五九年七月一一日午前一一時五〇分ころには、甲野航海士が船長の指示で抹消していた。矢嶋証言によれば、海図の航跡は一つの航海が終了するまでは抹消されないのが通常であることが認められるところ、函館港から品川港に向けて航行中の真正丸が品川港に入港するはるか以前に、かつ本件事故現場から遠く離れていない時点において、海図の航跡を抹消してしまうということは、いかにも不自然であるといわなければならない。この点は、真正丸に乗船していた中野航海士が同日正午前のラジオのニュースで本件事故の報道を得ていたことや景山機関士が同日昼ころ、真正丸の食堂にあったファックスニュースにより同じく本件事故の情報を得ていたこと等真正丸の乗組員が遅くとも同日正午ころには本件事故を知っていたこととを考え併せると、当時ラジオニュース等で本件事故を知った後藤船長が、本件事故の証拠を抹消する目的で甲野航海士に指示して海図の記載を抹消させたのではないかとの疑念さえ抱かせるものである。

(八) 英丸の転覆の状況

英丸は僚船と交信中突然連絡が途絶えたこと、乗組員全員が船橋、機関室船内に閉じ込められたまま溺死していることに照らせば、同船が突然転覆浸水したものと認められるところ、真正丸は排水量約一三〇〇トンの鋼鉄船であるのに対し、英丸は排水量約二〇トンのプラスチック船であり、六五倍の差があることから、両船が衝突すれば一瞬のうちに英丸が転覆することは容易に考えられる(矢嶋証言)。

2  以上の諸事情を総合すれば、真正丸は英丸に衝突したと認めることができる。

3  これに対して福井鑑定には真正丸と英丸が本件事故現場の海域で遭遇した可能性はなかった旨の記述がある。

しかし、右福井鑑定は本件事故当時の海潮流風等の外力の影響ないし流速と流向の変化を一切考慮に入れていない点で合理的であるとはいい難い。

また、福井鑑定は、昭和五九年七月一一日午前零時から同二時二五分までの真正丸の速力が一二ノットであったとの前提に立っているが、これでは、愛沢鑑定が指摘するとおり、同日午前二時二五分から同五時二五分までの三時間に四〇・一マイルを走行することになり、平均速力が約一三・四ノットとなるが、この加速は当時の海上気象状況が平穏であったこと、機関日誌記載の回転数、ハンドルノッチの数値及び燃料消費量がほぼ一定であることと照応しない。

これらの事情に照らすと、右海潮流風等の影響に配慮した矢嶋鑑定及び愛沢鑑定と対比して、福井鑑定は合理的ではなく、採用することができない。

4  また、《証拠省略》(藤近和司の鑑定書、以下「藤近鑑定」という。)は、真正丸のような直立型船首の船舶では、英丸の破口上方のブルワーク(舷墻)の位置関係が甲板取付部から高さ約〇・七五メートル、外方に約三〇度の角度で外板側面から約〇・四メートル外方に張り出していることから、同ブルワークに損傷を与えずに本件のような衝突痕を発生させることは不可能である旨の記述がある。

しかし、藤近鑑定がどの程度船体の動揺を考慮に入れているかは必ずしも明らかでないが、本件は海上における衝突であり、波の影響、特に加害船に被害船が接近した場合に生じうる波の影響により被害船が後方に傾くことは容易に考えられることであり、特に本件では真正丸が英丸に比べ重量、規模とも圧倒的に大きいのであるから、仮に真正丸が加害船であった場合、同船の英丸に対する接近に伴う波の発生は衝突状況を考える上で無視することができない。実際《証拠省略》によれば、英丸の遠隔操作ノブは取舵一杯(舵角四〇度)に入っており、英丸が衝突直前に異常な事態に遭遇していたことが認められる。藤近鑑定にはこれらの点に十分に配慮したことがうかがわれない。

これに対して矢嶋鑑定及び愛沢鑑定並びに証人矢嶋の証言が、右の波による影響を考慮した場合、両船の衝突により本件衝突痕が発生する可能性があり、その点を考慮すれば両船の衝突痕の位置は符合するとしており、これらと対比すると、右藤近鑑定も採用することができない。

5  次に被告らは、真正丸は第三種国際航海に従事する漁獲物運搬船であり、洋上積荷役のため漁船に接舷する際、波浪のため船体が漁船に激しく接触することは日常茶飯事であるから、前記塗料の付着はこれをもって真正丸と英丸との衝突の証拠とすることはできないと主張する。

しかし、前記のとおり真正丸に付着の塗料は船首を中心に両舷側及び船底部分にも及んでおり、他の漁船と接舷した際に付着した塗料とは認め難いうえ、矢嶋証言等によれば本件のように両船の塗料の付着状況が合致することは衝突した場合を除いてはほとんど考えられないというのであり、他に真正丸について当時これ程多量の英丸の塗料と同一の塗料が前記のような状況で付着することが考えられる他船との接舷をうかがわせる証拠はまったくないので、右付着塗料は英丸との衝突により付着したものと考えるのが合理的であって、この点に関する被告らの主張は採用し難い。

6  乙第一二六号証の一、二は、本件事故について、平成元年三月一日に青森地方裁判所八戸支部で言い渡された、山中航海士に対する業務上過失致死被告事件の刑事判決であるが、右刑事判決は、真正丸と英丸が衝突したものと認めることはできないとしている。

しかし、右刑事判決は、福井鑑定と藤近鑑定を主要な根拠としており、また、真正丸と英丸の塗料がいずれも格別特殊なものではないから付着痕が同一であっても両船の衝突を推定し得ないことを理由としているところ、右両鑑定を採用し難いことは前記のとおりであり、真正丸について当時英丸と同一の塗料が付着したと考えられる他船との接舷をうかがわせる証拠がまったくないことも前記のとおりであって、これらの事情に照らして右乙第一二六号証の一、二も採用することはできない。

以上のほか、真正丸と英丸との衝突に関する前記認定を動かすに足りる証拠はない。

二  真正丸乗組員(甲野航海士)の過失について

《証拠省略》によれば、当時久慈港付近は海上濃霧警報発令中であり、また《証拠省略》によれば、視界は一五〇メートルないし二〇〇メートルであったことが明らかである。この事実と前記当事者間に争いのない事実、認定事実及び《証拠省略》によれば、昭和五九年七月一一日午前二時二五分ころ、甲野航海士が真正丸を操舵して岩手県久慈市沖岩から真方位四〇度、距離二・一五マイル付近を航行中、濃霧で視界が悪いのに、自動操舵のまま針路の安全に十分な注意を払わず、海上衝突予防法三五条に定める霧中信号を行わず、また同法六条に定める減速もせず、ほぼ全速で航行を続行した過失により真正丸を英丸に衝突させたものと認めるのが相当である。

第四結論

以上のとおりであるから、被告会社は真正丸の所有者として商法六九〇条に基づき、右事故により生じた前記損害につき原告らに賠償する義務があり、被告組合は原告らに対し、被告会社に対する本判決が確定したときは、前記保証債務に基づいて、被告会社の右債務につき金六億円を限度とする金員を支払う義務がある。

よって原告らの請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 小林崇 松田俊哉)

〈以下省略〉

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